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東京地方裁判所 平成10年(ワ)17987号 判決

主文

一  被告は

原告甲野花子に対し、金一九四三万一二九二円

同甲野一郎に対し、金一〇二六万四七八七円

同甲野二郎に対し、金一〇二六万四七八七円

同甲野松太郎に対し、金七七万円

同甲野マツに対し、金七七万円

及び平成七年六月二三日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、原動機付き自転車で走行中に自動車と衝突して死亡した交通事故被害者の相続人及び両親である原告らが、加害者が別の自動車について保険会社である被告と締結していた保険契約に基づき、事故を惹起した自動車は、右保険契約における、いわゆる他車運転危険負担特約にいう「他の自動車」に該当すると主張して直接損害賠償を請求したのに対し、被告が、事故を惹起した自動車は「他の自動車」から除外される「常時使用車」に該当するとして、原告らの請求を争っているという事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1 本件交通事故の発生

訴外甲野太郎(以下「太郎」という。)は、左記交通事故(以下「本件事故」という。)により脳挫傷の傷害を受け、平成七年六月二三日午後八時二〇分ころ死亡した。

<1> 日時 平成七年六月二一日午前七時五〇分ころ

<2> 場所 埼玉県浦和市《番地略》先道路

<3> 太郎運転車両 原動機付き自転車

(登録番号「《略》」)

<4> 訴外乙山春夫(以下「乙山」という。)運転車両

普通乗用自動車(三菱デリカ・登録番号「《略》」・以下「本件他車」という。)

<5> 事故態様 信号の設置されていない交差点での、右両車両による出会い頭衝突

2 損害賠償請求事件判決の確定

太郎の相続人及び両親である原告ら五名は、浦和地方裁判所に対し、乙山を被告として、本件事故にかかる損害賠償請求訴訟(同裁判所平成九年(ワ)第九二〇号事件)を提起し、平成一〇年四月九日、原告らの請求を本訴請求の趣旨の限度で認容する判決が言い渡され、右判決は確定した。

3 乙山と被告との保険契約

(一) 乙山は、平成七年五月九日、被告との間で、被保険自動車を乙山所有の普通乗用自動車(トヨタセルシオ・登録番号「《略》」・以下「本件被保険自動車」という。)、保険期間を同日から一年間、保険金額を対人無制限としたうえ、被保険自動車の所有、使用または管理に起因して他人の生命または身体を害することにより被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害を補填する旨の普通保険約款賠償責任条項を含む自家用自動車総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(二) 本件保険契約においては、対人事故においては被害者は保険会社に対して損害賠償を直接請求できる旨が規定されている。

4 他車運転危険担保特約

本件保険契約には、被保険者が運転中の他の自動車が普通乗用自動車である場合、これを被保険自動車とみなして、被保険自動車の保険契約の条件にしたがい、普通保険約款賠償責任条項が適用される旨の他車運転危険担保特約(以下「本件特約」という。)がある。

二  本件証拠及び弁論の全趣旨により認定される事実

当事者間に争いのない事実、《証拠略》によれば、乙山が本件他車を運転するに至った経緯として、以下の事実を認めることができる。

1 乙山は、平成七年五月ころから本件被保険自動車の調子がおかしくなったため、同年六月八日ころ、訴外仲谷英治(以下「仲谷」という。)に同車の修繕・整備を依頼した。右の依頼に対し仲谷は、修理自体は一週間ないし一〇日で完了するが、海外旅行に行く予定があるため、修理を終えて車を届けるのは六月下旬ころになる旨を説明した。そこで乙山は、同車を修理のため仲谷に預けるとともに、同人から、修理期間中に利用する自動車として本件他車を借り受け、修理完了後に本件被保険自動車と引き換えに他車を返還する旨約した。

2 乙山は、本件事故の当日である同月二一日午前七時三〇分ころ、東京都江戸川区葛西にある仕事場に赴くため、仕事を手伝ってもらっている婚約者の訴外丙川春子(以下「丙川」という。)を本件他車に同乗させて、埼玉県浦和市にある自宅を出発した。

3 そして、乙山は、同日午前七時五〇分ころ、自宅から約六〇メートル進んだ交差点において、本件事故を惹起した。

三  当事者の主張

1 原告の主張

乙山は、本件被保険自動車の修理期間中は丙川の車であるシルビアを使用するつもりであったが、万一シルビアが使えない場合を考え、その予備として本件他車を借り受けたものであり、実際にも、乙山が本件他車を使用したのは二、三度に過ぎず、このため、同車のバッテリーがあがってしまったことすらあった。

本件事故の当日も、丙川の兄がシルビアを使用する予定であったことから、本件他車を使用したものである。

以上の事情を総合考慮すれば、本件他車が乙山の「常時使用する自動車」に該当しないことは明らかである。

2 被告の主張

乙山は、本件事故の当日、丙川がシルビアを運転して乙山の自宅まで来ているのに、シルビアではなく本件他車を運転している。

また、乙山は、本件事故当日の予定について、葛西での仕事を終えた後、都内で丙川と買い物や食事をして帰ってくる予定だった旨述べている。

以上の事実からすれば、乙山は、本件他車を、仕事はもとより、婚約者との買い物、食事など自由に使用できる立場にあり、使用期間も約二〇日間が予定されていたものであって、本件他車を「常時使用」していたことは明らかである。

四  争点

本件他車が本件特約にいう被保険者の「常時使用する自動車」に該当するか。

第三  争点に対する判断

一  本件特約の趣旨

本件保険契約は、被保険自動車の所有、使用または管理に起因して他人の生命または身体を害することにより、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害に対して保険金を支払うことを原則とする(本件保険契約第一条第一項)ものであり(一台一契約の原則)、したがって、被保険自動車以外の自動車の使用に起因する損害賠償責任は、原則として本件保険契約による担保の対象にならない。

本件特約(本件保険契約の特約条項(5))は、右の原則に対する例外となるものであり、一定の要件を充たす場合には、被保険者が被保険自動車以外の自動車を運転中に起こした事故についても、本件保険契約による担保の対象となる。

これは、担保の対象を被保険自動車に限ると、実生活において不可避的に生じ得る、被保険者が被保険自動車以外の自動車を運転する、という場合の危険を担保し得ない不合理が生じ、これに対する対処が求められる一方で、たとえ被保険自動車以外の自動車の使用による事故であっても、それが、被保険自動車自体の使用について予測された危険の範囲内のものと評価される場合には、本件保険契約によってその危険を担保することに経済的合理性が認められるため、右のような例外が設けられたものと解される。けだし、本件保険契約においては、被保険自動車という一台の自動車の使用に伴う危険を計算して保険料が定められているからである。

二  本件特約における「他の自動車」の要件

例外の設けられた趣旨が右のようなものである以上、被保険自動車以外の自動車の使用が、被保険自動車の使用について予測された危険の範囲内にとどまるものとは評価し得ず、むしろ、一台一契約の原則に従えば、被保険者がその使用された自動車について保険契約を締結すべき場合にまで右の例外を認めるべき理由はない。

そこで、本件特約においては、被保険者やその家族が、その被保険自動車以外の自動車を<1>所有している場合及び<2>常時使用している場合には、右特約が適用されないこととされている(特約第二条)。

三  「常時使用」要件の位置づけ

本件特約の適用に関する右の除外事由のうち、被保険者やその家族の所有車である場合を除外する趣旨が、一台一契約の原則を維持すること、すなわち、被保険者が、二台以上の自動車を所有して常時乗り回していながら、一台だけについて保険に加入し、他の一台については他車運転危険担保特約で保険をまかなうことで、不当に保険料を節約するという事態を阻止しようとする点にあることは明らかである。

そこで、さらに進んで、被保険者やその家族が常時使用する自動車について本件特約の適用が排除される趣旨について考えると、これを、被保険者らによる所有の場合と同様の理由に基づくものと捉えるのではなく、本件特約が認められるべき使用形態の問題と捉える考え方もあり得るものと思われる。そして、右のような捉え方をした場合には、「常時使用」の要件は、使用形態の観点から、被保険自動車について予測された危険の範囲内か否かを画する基準を定めたものという位置づけになるから、「常時使用」に該当するか否かという判断は、当該使用形態が、被保険自動車の使用と同一視し得るようなものか否かという観点からなされることになるものと思われる。

しかしながら、「常時使用」の要件が、第二条における<1>の要件に引き続き、そのただし書きとして規定されている点に鑑みると、<2>の要件は、<1>の要件と同様の趣旨に基づいて設定されたものと解するのが自然である。

また、本件特約の第五条は、本件特約が適用されたとしても、被保険者が業務として勤務先の自動車を使用した場合など、その使用形態が一定の類型に該当する場合には保険金支払がなされない旨を定めている。しかも同条が定める使用類型は、特約の適用による担保範囲の拡張が不適当と考えられる使用形態を、使用権原の観点から類型化し、これを限定列挙する形で規定しており、このような規定振りに鑑みると、本件特約は、第二条の定義を充たす使用については、その使用形態の如何を問わず、本件特約による担保の範囲内に取り込んだうえで、特約の適用が不適当と考えられる使用形態を定型化し、これに該当する場合を特約による担保の範囲から排除することで、特約の適用が不当に拡大することを防ぐ、という判断構造を採用しているものと理解することができる。したがって、このような判断の構造に鑑みれば、「常時使用」の要件についても、右の判断の流れに沿ったもの、すなわち、使用形態を問題とするものではなく、<1>の要件に準ずる要件を定めたものと解するのが相当である。

確かに、本件特約が認められた趣旨に照らせば、ある他車使用が本件特約の適用対象となるかどうかについては、その使用が被保険自動車自体の使用について予測された危険の範囲内のものと評価されるかどうかという実質論に基づいて判断されるべきことになろう。しかしながら、被保険者が被保険自動車以外の自動車を使用するという場合には多種多様な形態があり得ることや、本件保険契約が、多数の顧客を相手に、均質で分かりやすい処理をしなければならない保険約款であることなどの事情を考慮すると、実質的ながら微妙な判断を要求される右基準の設定に代えて、まずは、使用形態の如何に関わらず他車使用全体を特約の適用対象に取り込み、しかる後に、本件特約による担保が不適当と判断される使用類型を特約の対象から排除する、という判断方式を用いることには十分な合理性があるといえる。けだし、右の方式を用いることにより、本件特約による担保の範囲を予め明確にしておくことが可能になるとともに、結果として、本件特約の適用をめぐって発生する紛争を可及的に予防することができるからである。

これに対し、「常時使用」の要件を、被保険自動車について予定された危険性の範囲内にとどまるか否かを判断する基準として位置づけると、特約第五条に定めた保険金不払事由への該当性を検討する以前に、「他の自動車」該当性の判断において、本件特約を適用すべきか否かという実質的判断をしなければならないことになる。しかも、「常時使用」という要件自体は必ずしも明確な基準とは言い難いし、これを、被保険自動車について予定された危険性の範囲内にとどまるか否か、あるいは、当該他車使用が被保険自動車の使用と同一視し得るか否かという観点から捉え直したとしても、なお判断に相当の幅があり得ることは否定できないから、「常時使用」要件を右のように位置づける限り、本件特約の適用に関する予測可能性を確保することは困難になるといわざるを得ない。

したがって、「常時使用」の要件は、以上のような本件特約の規定の構造に鑑みても、被保険者やその家族が常時その使用に供し、自由に支配している自動車については、たとえ被保険者らの所有車でなかったとしても、一台一契約の原則にしたがって、被保険自動車とは別に保険を付すべきであることから、被保険者らが所有する場合に準ずる場合として、いわば、<1>の要件を補完する趣旨で設けられたものと解するのが相当である。

そして、右のような趣旨からすれば、被保険者らが「常時使用する自動車」とは、その使用状況に鑑みて、事実上被保険者らが所有しているものと評価し得る程の支配力を及ぼしている自動車を指すものと解するのが相当である。

四  本件他車の「常時使用車」該当性

以上の検討を前提に、本件他車が乙山の「常時使用する自動車」に該当するか否かを検討すると、まず、本件他車は、乙山が被保険自動車を修理に出している間の代替車両として仲谷から借り受けたものであるから、法律上も事実上も、また、乙山や仲谷の認識としても、乙山に本件他車の処分権がなかったことは争う余地のないところである。

また、乙山の本件他車に対する使用権限も、当初からその期間が限定されており、実際に乙山が使用していた期間も、借り受けてから本件事故を惹起するまでの二週間足らずに過ぎない。

以上の事情に鑑みれば、乙山の本件他車に対する支配の程度が、事実上の所有と評価し得るようなものでないことは明らかというべきである。

なお被告は、乙山が婚約者との食事や買い物にも自由に使用できる立場にあった旨を主張するが、右の程度の使用は、修理車の代替車両として借り受けた以上当然のことであり、代替車両としての使用の限度を何ら逸脱するものではないから、右の点が前記評価を左右する余地はない。

さらに、本件他車に対する本件特約適用の適否を実質的に考えたとしても、被保険自動車を修理に出し、その修理期間中代替車両を借り受けて運転することは、何ら特別の事態ではなく、むしろ、自動車の所有に伴って当然に生ずべき事態であるから、これを被保険自動車について想定された危険の範囲内のものと捉えることに何ら問題はないというべきである。また、修理期間中の代替車両を借り受けた者に対して、代替車両に別途保険を付するよう求めることは現実的とはいい難いから、一台一契約の原則から考えても、本件他車に本件特約の適用を排除すべき理由はない。したがって、本件特約の趣旨から、実質的にその適否を考えても、本件他車について特約の適用を否定すべき理由はないというべきである。

したがって、本件他車が乙山の「常時使用する自動車」に該当するとの被告の主張には理由がない。

第四  結語

以上より、原告らの請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を、仮執行宣言について同法二五九条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井俊和)

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